山宮のブログ
歩くことが時代の最先端だ
東京のオフィスを恵比寿から日本橋に変えて、半年が過ぎた。健康維持とメトロ代をケチるために、JR神田駅からオフィスまで雨でなければ歩くことにしている。神田駅から道路元標のある日本橋までの直線は国道17号線であり、17号の日本橋から高崎までの区間は中山道と並走する。この通りには、全国の立喰い蕎麦屋の鏡といわれる「天亀そば」があり、あまりくぐる気になれない味わい深い暖簾がすばらしい。
何が言いたいかというと、毎日のように中山道を歩いていると、「はて、江戸時代の人々は、本当にこの道を歩いて、遠く越後の国まで行ったのだろうか?」という疑問を抱くようになる。最終的には、「自分もAIの波とか円安の影響とかサナエトークンの詐欺とかの影響から遠く離れて、江戸時代の旅情気分に浸りたい」と強く願望を抱くに至る。ようは現実逃避したいだけなのだが、そうはいっても東京から新潟まで歩いていくという、あまりに馬鹿げた壮大な夢に取りつかれてしまったのである。
とはいえ、google mapで「日本橋~萬代橋」区間を検索すると324キロと表示されるため、正直萎える。また群馬県から新潟県に越境する際は、全国的に難所として有名な「三国峠」を超えなくてはならず、これを徒歩で行こうものなら、あっさり熊に遭遇してお陀仏まちがいなしである。ということであきらめた。
諦めのはやさがおいらの取り柄だねと俊ちゃん声で鼻歌まじりに口に出して歩いていると、国道4号線に左折する交差点に差し掛かる。この道は旧日光街道であることを、高偏差値の私は知っている。日光街道は、北千住を通り、埼玉の草加や春日部あたりを北上し、宇都宮から西へ向かう道中のはず。私の頭の中には3Dの日本地図が完璧にインプットされているので、瞬時に日光街道には大きな峠越えが存在しないことを認知する。
「まずは日光街道を制覇して、肩慣らしならぬ腰慣らしをするか」と言い訳めいた言葉を発し、日本橋を起点に旧五街道制覇の旅が始まることになった。