山宮のブログ
天は我々を見放した
株式会社ピストルズを設立してから丸12年半が経過した。設立したと言っても前職の後輩だった林君と2人、二人三脚でなんとか立ち上がったという感じだ。それから干支が一周し、その間、東京ではオリンピック、大阪では万博が過ぎ去っていった。コロナも遠い記憶になりつつあり、長い時間が過ぎた。
大谷翔平のファイターズ1年目とピストルズ1年目は同期になる。彼はこの12年で1000億超の男となり、私たちピストルズは1億円以下の敗残兵のようになった。
それでも時は流れ、私たちの流浪の旅はつづく。
今回、オフィシャルサイトを更新するにあたり、初心に帰りたいと思った。なぜなら、私は40代半ばをすぎ、初心がなんだったかさえ、記憶から遠ざかり始めているからだ。
ここでいう“初心”とは、会社をつくった当時の初心という意味ではない。私が1977年に生を受けた、あの時の初心だ。
1977年とは、昭和52年のことである。世界の王がホームランの世界記録を打ち立てた年であり、ジュリーが『勝手にしやがれ』を歌い、『八甲田山』で健さんが生還し欣也さんが「天は我々を見放した」と絶叫しながら死んだ年でもある。
世界に目を向ければ、『Apple2』がデビューした年であり、アナキンとルークの壮大な親子喧嘩がはじまり、スタローンが「エイドリア~ン」と絶叫しながら億万長者になった年でもある。
昭和52年は、とよくよく考えてみると、私はとても無邪気な年に生まれたという気がする。20年後には就職氷河期ど真ん中世代として、日本の不幸をすべて背負わされる運命になるわけだが、この当時、世相はすごく明るかったのだろうと思う。逆に言えば、それ以外とくに語るべき記憶がない。
初心に帰るといっても、あまりに初心すぎたようなので、次回は幼稚園の頃から振り返ろうと思う。
こういうところが私のわきの甘さであり、よく顧客から「ちょっとピントがずれてんだよなぁ」と言われる所以でもある。